Aug 02, 2009

スポーツクラブで剣道を

現在、私は地域の剣道スポーツクラブに所属しています。剣道といえば難しいか、硬いという声をよく聞きますが、市内のスポーツクラブの場合、趣味と同じ感覚で参加できるところが多いです。私は、剣道のほか、地元サッカークラブに所属していたが、難しい、または非常にではなく、純粋に楽しさを感じました。スポーツクラブとはそんなものではないでしょうか。何でもいいので、自分の地域のスポーツクラブに参加してみてはいかがでしょうか。
家族が小さい子供の誕生日やクリスマスプレゼント、サッカーユニフォームをプレゼントしてみるのも悪くないと思っています。たとえ子供がサッカーをしなくても、急に健康的な雰囲気になることがサッカーのユニフォームは、満足と思って、あるいは子供たちだけでなく、サッカーファンの恋人や知人へのプレゼントにも明らかにそれは楽しい。
 ◆出征の夫を長男と待ち続けた−−鈴木はなよさん(87)
 ◇召集令状「おめでたくない」 「見送りに来るな。子供を頼む」
 ◇今も残る夫の一言
 1945年の第二次世界大戦終戦後もしばらくの間、鈴木はなよさん(87)=甲州市=は、兵隊が履くような革靴の音が自宅先で聞こえると、「もしや」と期待を抱いて玄関を開けては、現実に引き戻される日々が続いた。夫、牛田正一さんは終戦前年に出征したまま、帰ってこなかった。女手一つで幼かった長男を育て、53年に再婚。男の子が2人生まれたが、その夫も64年に病死。食品工場や旧勝沼町職員として働きながら、3人の子供を育て上げた。
 はなよさんは笛吹市(旧御代咲村)出身。裁縫学校に通っていた17歳のころ、甲府市の陸軍病院へ慰問に行き、患者の服のボタン掛けなどをした。この時、旧満州(中国東北部)で負傷した正一さんが入院していたのが、出会いのきっかけだった。
 はなよさんは18歳で、2歳年上の正一さんと結婚し、静岡県に引っ越した。結婚間もない43年には長男が生まれた。正一さんは瓦製造会社に勤め、仕事から帰ってきたら、幸せそうに長男を風呂に入れていた。
 約半年後、甲州市(旧勝沼町)の姉から手紙が届いた。「戦争が大きくなり、正一さんが再び召集されたらどうするのか」「家を探してやるから越してきなさい」。姉は正一さんの転職先として、ブドウ農家の仕事も用意していた。一家は44年春、旧勝沼町に移った。
 44年10月14日、1歳になったばかりの長男の成長を祝って、赤飯を炊いた。そんな家族3人の水入らずの生活が、翌15日、突然暗転した。正一さんの父が、身延町の実家に届いた召集令状を持ってきたのだ。
 応召まで5日しかなかった。その日のうちに、正一さんの実家へ向かった。途中会話はほとんどなく、葬式のようだった。
 実家に着くと、集まった近所の人たちが「おめでとうございました」とはなよさんを迎えた。「死ぬかもしれないのに、おめでたくなんてない」。そう言いたかったが、口に出せなかった。
 出征当日の20日朝、はなよさんは、家を出る直前の正一さんに、「お前は神社にも駅にも来るな。子供を頼む」と言われた。手を痛いほど強く握られていた。正一さんは、近くの神社で多くの人たちに見送られて、駅に向かうことになっていた。
 はなよさんは、駅まで行きたい気持ちをこらえ、泣くことしかできなかった。「元気でな」。正一さんのこの一言が、別れの言葉となった。
 はなよさんは今、この時の正一さんの心境をこう想像する。「残した妻子がこれからどう暮らしていくのか、本人自身も戦地に行くことが怖かったに違いない。さまざまな不安がよぎりながらも、見送りの時に私がめそめそすると、本人も心残りになるし、家の恥にもなる。そう考えて、玄関先で別れたのだと思う」【山口香織】

8月18日朝刊

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 ハウスクエア横浜(横浜市都筑区中川1)で8月20日、打ち水イベント「つづきを冷やせ!打ち水大作戦」が開催される。(港北経済新聞)

 地球温暖化防止の取り組みとして2004年から行われている同イベント。昨年は、近隣住民など約140人が参加した。

 7回目となる今回は、港北水再生センター(港北区大倉山7)から給水車で水を調達。打ち水用のバケツやじょうろ200個に給水して打ち水を行う。

 同館営業企画部の杉浦允人さんは「節電が必要な今年の夏は、ますます打ち水が効果を発揮する。このイベントを機に、クーラーなどに頼らない、体にも環境にも優しい生活を実践してみては」と話す。

 開始は15時。参加無料。

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ハウスクエア横浜


 お盆に迎えた先祖の霊を供養し、送る川施餓鬼(かわせがき)法要が16日夜、京都府綾部市の由良川べりで営まれ、多くの市民が手を合わせた。
 綾部小校区の10カ寺でつくる綾部町区仏教会が毎年行っている。並松町の川べりで、僧侶が市民から奉納された水塔婆(とうば)や灯籠を前にお経をあげた。
 当番幹事の西福院など各寺院の檀信徒が大たいまつを先頭に行列を作り、150本のたいまつを持って対岸の味方町まで歩いた。到着後、水塔婆と灯籠をたきあげ、送り火とした。行列が出発したころから雨になったが、沿道には市民が立ち並び、手を合わせて見守っていた。

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