Jan 14, 2009
結婚すると、ダブルベッドを購入しようと
結婚する前に集めておきたいのがベッドである。せっかく夫婦になるから、これを機会にダブルベッドを購入すると、どうだろうか。ダブルベッドシートの種類も豊富で、コーディネートしやすい利点がある。 6畳の大きさのお部屋にも設置することが可能ですので、ダブルベッドの購入を夫婦で考えてみるとどうだろうか。今の時代ならば、どの家庭にもソファがあると思いますが、皆さんは座って、そのまま使用していますか?私はどちらかというと、自分のために使用しています。これは、ソファベッドと指摘している人がいると思いますが、ただ座ってソファでも腰を前に頭を乗せて寝ています。もちろんベッドもあるが、思わず疲れて寝てしまいます。睡眠簡単ですね。
外務省は22日、昭和47年の沖縄返還に関する日米交渉などの外交文書291冊を東京・麻布台の外交史料館で公開した。46年当時、中国が沖縄・尖閣諸島の領有を主張したのに対し、中国と議論する必要すらないという当時の福田赳夫外相の姿勢が明らかになったほか、米側公文書でも指摘されていた沖縄返還に伴う約6500万ドルの日本側負担に関する「密約」の存在が裏付けられた。
◆福田外相の極秘公電
中国や台湾は43年に国連アジア極東経済委員会が「(尖閣諸島)付近の海底は石油資源埋蔵の可能性が高い」と発表してから、唐突に同諸島の領有権を主張し始めた。しかも、46年夏の米中接近を受け、米議会では中国側の見解に同意する雰囲気があった。
これに対する日本側の対応が、今回公開された同年11月2日付の福田氏から牛場信彦駐米大使にあてた極秘指定公電で浮き彫りになった。これによると、福田氏は、日本側が反論して領有権を主張すれば、尖閣諸島に領土問題が存在することを日本が認めることになると判断したようで、「中国側の主張に反論するが如(ごと)き行うのは、かえって日中双方を平等の立場におき、決して得策ではない」との見解を牛場氏に伝えた。また、「尖閣がわが国の領土であることはあまりにも明らかなところであり、交渉の対象となりえざるものである」としている。
一方、46年6月の沖縄返還交渉で、米側が尖閣諸島について「日本領土であるとの見解に変更はない」として返還方針を示しながらも、返還対象として協定や合意議事録に明記することに難色を示していたことも分かった。当時、米中和解に動いていたニクソン政権が中国や台湾との関係をこじらせたくないと考えていたためとみられる。
◆6500万ドル負担
沖縄返還に関しては、日本政府が米軍基地の施設改善移転費名目で約6500万ドルを負担したことも明らかになった。日本側の負担は3億2千万ドルとすることで合意していたが、これ以外の負担を裏付ける文書が見つかった。日本側はこの「密約」を公表しないよう米側に求めていた。
外務省北米1課の担当者から同省幹部にあてた46年10月22日付の極秘メモによると、在日米大使館員は米側に「65(6500万ドル)という数字が(日米)財務当局間の交渉で合意されていることは承知している」と指摘。さらに「320(3億2千万ドル)以外に米国に支払う義務はないと国会に説明している」として、米側に口外しないよう働きかけていた。
◆「A級戦犯」減刑要請
日本政府が極東国際軍事裁判(東京裁判)で終身刑となった木戸幸一元内大臣ら「A級戦犯」10人の減刑について、関係国に働き掛けていた状況も判明した。
43年1月23日付公電などによると、日本政府は10人の減刑について、米国を通じ英仏両国など関係7カ国に非公式に打診していたが、目立った進展はなかった。こうした中、「(マッカーサー)在京米国大使から藤山(愛一郎外務)大臣に対し、本件促進のため、わが方(日本政府)からも直接関係国にその内意を打診しては如何(いかん)との示唆もあった」という。
これを受け、外務省の板垣修アジア局長は同22日、関係国の一つ、パキスタンのマリク駐日大使と会い、「いずれも既に11年9カ月以上服役し、服役中も善行を続けてきており、かつ老齢でもある」として、直ちに刑期を終えるか15年に減刑するよう「好意的配慮を得たい」と要請した。大使は「趣旨は十分了承した」と応じた。(肩書は当時)
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◇パニック障害に負けず
大学時代の友人らと市民団体「ひだまりファーム」を設立。農業体験ツアーを開催するなど、農業や「食育」の観点から環境保護を訴える活動をしている。
「一番の支えは、疾患を理解してくれる仲間の存在。農業体験の感動も大きかった」
急に動悸(どうき)やめまい、呼吸困難などの症状が起こり、激しい不安に襲われる「パニック障害」を抱える。
初めての発作は大学生だった07年夏。研究室で実験中に意識を失った。その後は「また倒れるのではないか」と不安が高まる度に、めまいを繰り返すようになる。大学院進学後も毎日のように症状が続いた。08年10月に中退。運転中に強いめまいに見舞われ、外出の機会も減った。
一方で子供のころから体は丈夫。「病気に負けたくない」との思いは強かった。もともと環境問題に関心があり、大学では車の排ガスを浄化する触媒を研究。課外活動で、子供向けの講座で環境問題の講師を務めたこともある。また大学4年で初めて体験した稲刈りの感動も心に残っていた。
「農業を切り口に環境保護を訴える活動を」と思いつき、学生時代の仲間ら数人と意気投合。自分にとっても「ライフワークを持つことが外出のきっかけになる」と考え、家族の理解もあって同年11月に「ひだまりファーム」を設立した。
これまでに農業体験ツアーや講演会、環境に負荷をかけないバーベキューの講座などを開催。自身もツアーで農村に出向くと、薬を飲まなくても発作が治まる。「美しい緑ときれいな空気。行く度に『おかえり』と出迎え、病気の話を親身に聞いてくれる滞在先の農家。いつも感じる不安を洗い流してくれる気がする」
自分は仲間のおかげで前向きになれたが、周囲の無理解で苦しんでいる人がいるのではないかと感じている。「今後は何らかの形で、疾患への理解を広げる活動をしたい」【岡田悟】
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■人物略歴
◇くさかい・あらた
秋田市出身。秋田大大学院中退。大学入学時から10年9月まで塾講師のアルバイトを経験。両親と妹の4人家族。25歳。
1月10日朝刊
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